うちの嫁さんと最初に知り合ったのは、ちょうど20年くらい前です。その時は、取り立てて強い印象も残ることなく…、お互いに、たくさんいる知人、友人の中の一人・・くらいの認識しかありませんでした。(^o^;

なので、まさか結婚することになるとは、これっぽっちも想像してなかったです。^^;

それが、なんで結婚する「はめ」になったか(笑)。・・端的に言えば、共通の知人がいて、その方が引き合わせてくれた訳ですが、お互いに顔と名前が一致するくらいの認識しかなかったのが、「改まって」お互いの生い立ちとか、仕事とか、関心事とか、趣味とか…、色んな話をしている中で、自然な流れで「あ、この人となら、一緒に暮らせるかも?」と直感したのが、事の真相です。(^.^;

ただ、自分は10代の頃からゲイを自覚していたので、いくら「自分しか知り得ない秘密」とは言え、その問題を自分の中でキチンと処理しないと、おいそれと結婚に踏み切ることは出来ませんでした。その頃はまだ今のようにインターネットの普及する過渡期で、まだゲイに関する情報、ましてや既婚ゲイに関する情報は、ほとんど皆無でしたから…。^^;

それでも、心のどこかに「絶対に大丈夫(かも知れない)」くらいの、妙な確信はあったのを記憶してます。「妙な」と言うのは、何ら確証がなかったからですが(笑)・・。でも、多分、情報がないから、分からないだけで、本当は、自分と同じような境遇にあって、最終的に結婚する道を選択する人は、この世にごまんといるだろうと言う、「変な」直感があったんだと思います。それが大正解だった訳ですね…(^.^;

かと言って、やはり「本当に良いことなのか?」という倫理的な問題もあり、相当に悩みましたね…。その話をすると、今回の記事の本題に入れないので、このくらいにして・・。^^;

ともかく・・、知り合ってから20年くらい。結婚して一緒に暮らして17年目ですが、もう、お互いに「空気」みたいな存在になっていて、良くも悪くも、当たり前すぎる存在になってしまって、そこに新鮮さが感じられなくなるのが(どこの夫婦もそうでしょうが)、悩みの種です。お互いに、日常の生活に追われ、日々同じ営みの繰り返しの中で、つい会話も事務的になり・・。その中で「違い」を意識し始めると、そればかりが目立ってしまったりして…。(;_;

やっぱり夫婦関係でも「謙虚さ」は大事なんだと、つくづく思うんです。ただ、それを自分にではなく、つい相手にばかり求めてしまうのが、何よりも人間の弱さ…。ひと言でいえば「甘え」なんですよね!^_^;

この間も書きましたが、相手に見返りを求める気持ちが、知らず知らず、相手への「甘え」になる・・そんな気がします。(*_*;

なので、それぞれの気持ち、考えを尊重しながら、お互いに自立した個人として、お互いに自分にとって必要な存在として、これからも、日々改めて「新鮮な気持ち」で向き合い続けたいなぁ〜・・。そんな風に思う、今日この頃です。^_^